2025年6月4日、運送業界の未来を大きく左右する「貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律」が国会で可決・成立しました。この記事では、運送事業の経営者や実務に携わる方々に向けて、今回の法改正がもたらす具体的な変更点、実務への影響、そして今から準備しておくべきことについて、分かりやすく解説していきます。
この改正は、業界が長年抱えてきたドライバー不足や低運賃競争といった構造的な課題に正面から向き合い、物流の持続可能性とドライバーの労働環境改善を目指すものです。法律は公布から3年以内に、段階的に施行される予定です。
法改正の背景:「2024年問題」の先へ
今回の法改正の背景には、いわゆる「物流の2024年問題」に象徴される深刻なドライバー不足や長時間労働があります。しかし、問題はそれだけではありません。不当な低運賃での競争、何重にもわたる下請け構造、そして無許可で営業する「白トラ」の存在など、業界の体質そのものに課題がありました。
この法律は、これらの根深い問題を解決し、私たちの生活や経済に不可欠な物流を未来にわたって維持すると同時に、トラックドライバーという仕事が、もっと誇りと魅力にあふれる職業となることを目指しています。
何がどう変わる?法改正の7つの主要ポイント
今回の改正には、事業運営の根幹に関わる重要な変更点が数多く含まれています。特に重要なポイントを7つに絞って見ていきましょう。
1. 事業許可が「5年ごとの更新制」に
これまで一度取得すれば永続的だった運送業の許可が、5年ごとの更新制に変わります。更新が認められなければ、事業を続けられなくなります。これにより、事業者には継続的な法令遵守とサービス品質の維持・向上が求められることになります。
2. 「適正な原価」を割る運賃が禁止に
今回の改正で特に注目されるのが、運賃制度の見直しです。国が燃料費や人件費などを適正に反映した「標準的な運賃」に代わり、「適正な原価」を定め、事業者はこれを下回る運賃で仕事を引き受けることができなくなります。不当な買い叩きを防ぎ、事業者が正当な対価を得られるようにするための重要な変更点です。
3. 「下請けは原則2次まで」に
多重下請け構造にもメスが入ります。荷主から直接仕事を受けた元請け事業者が他の会社に委託する場合、その先の再委託(三次下請け以降)を制限するための措置を講じる努力義務が課されます。これにより、下請け構造がシンプルになり、末端のドライバーまで適正な運賃が行き渡りやすくなることが期待されます。
また、元請け事業者は、どの会社が実際に運送を担当しているかを記録した「実運送体制管理簿」の作成・保存も義務付けられます。
4. ドライバーの「適正な待遇」を確保
事業者は、ドライバーの知識やスキルを公正に評価し、それに見合った賃金を支払うなど、適切な待遇を確保するための措置を講じることが求められます。経験や能力が正しく評価される賃金体系の構築が急務となります。
5. 「白トラ」への委託が全面禁止に
許可なく営業している、いわゆる「白トラ」に運送を委託することが、荷主を含め誰であっても禁止されます。違反した場合は、100万円以下の罰金が科される可能性があり、発注者側の責任がこれまで以上に厳しく問われます。
6. 事業者が守るべき基準が明確化
事業者が遵守すべきルールとして、車庫の適切な管理、社会保険料の納付、そして前述の「適正な原価」を下回らない運賃での受託などが、法律に改めて明記されます。
実務への影響と今すぐ始めるべき準備
この法改正は、運送事業者の日々の業務に直接的な影響を与えます。以下の表を参考に、自社の体制を見直し、準備を進めましょう。
| 影響範囲 | 主な変更点 | 事業者が取るべき対策 |
|---|---|---|
| 事業許可 | 5年ごとの許可更新制 | 社内のコンプライアンス体制を総点検し、更新申請に備える。 |
| 契約・運賃 | 「適正な原価」に基づく運賃設定、契約時の書面交付義務 | 新しいコスト計算の方法を確立し、契約書の雛形を見直す。荷主との交渉準備を進める。 |
| 下請管理 | 二次下請までの制限(努力義務)、実運送体制管理簿の作成 | 現在の下請け構造を把握・見直し、協力会社との連携を強化する。管理簿作成の仕組みを整える。 |
| ドライバー管理 | 公正な評価に基づく適正な待遇の確保 | 賃金体系や評価制度を見直し、労働条件の改善に取り組む。 |
| コンプライアンス | 「白トラ」への委託禁止、社会保険料の納付義務など | 委託先が正規の事業者か確認するプロセスを導入する。社会保険料の納付状況などを再確認する。 |
今後の見通しと注意点
今回の法改正は、運送業界にとって大きな転換点です。今後、注意すべきは以下の点です。
- 段階的な施行:すべてのルールが一度に始まるわけではありません。具体的なスケジュールは今後の政令などで決まるため、常に最新情報をチェックする必要があります。
- デジタル化の推進:契約書の管理や管理簿の作成など、デジタルツールを活用することが、業務効率化と法令遵守の両面で不可欠になります。
- 荷主との関係構築:「適正な原価」という考え方は、運賃交渉のあり方を変えます。コスト構造を丁寧に説明し、荷主と対等なパートナーシップを築いていく姿勢が求められます。
結論:変革を乗りこなし、持続可能な未来へ
今回の法改正は、運送事業者にとって対応すべき課題が増える厳しい側面がある一方で、業界全体の構造を健全化し、公正な競争環境を整える大きなチャンスでもあります。変更点を正しく理解し、早めに準備を進めることが、これからの事業継続と発展の鍵を握ります。
法令遵守はもちろんのこと、ドライバーの待遇改善や荷主との良好な関係づくりに積極的に取り組むことで、この変革の時代を乗りこなし、持続可能な物流の未来を築いていきましょう。








